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大根めしを食べてみた

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 週末、大根めしを作って食べてみた。最近、粗食にハマっている。貧しい食事をしてみたい。江戸時代や戦中、戦後の食糧難の時代に人々がどんな物を食べていたのかを体験してみたいというのが、その狙いである。  恥ずかしながら、この歳になるまで「ひえ」と「あわ」を食べたことがなかった。 江戸時代、貧しい農民は白米を食べることはできず、ひえとあわしか食べることができなかった。時代劇などでは、こういったシーンがよく出てくる。  実際のところ、その味はどうなのか、まずいのか? 白米よりも、どれくらいまずいのか?このあたりを体験してみたかった。  そんな考えが芽生えたのは、「代表的日本人」を読んでから。 この書物の中で、内村鑑三が西郷隆盛の生活について書いている。明治維新の最大の功労者と言われる西郷さんの、その質素な生活ぶりに心を打たれた。 自分の中に眠っていた日本人的なるものをよびさまされたような感覚を覚えた。 身の丈に合った生活をすることの重要性、経済学者ヴェブレン言うところの「見せびらかしの消費」を止めること。いろいろなことを考えさせられた。 西郷さんは、意外にも西洋の思想を全く学んでいない。このあまりにも大きすぎる人物の人格は、当時主流だった朱子学ではなく、陽明学を学ぶことによって培われていった。   質素な食事といえば、NHKの連続テレビ小説「おしん」で、おしんが幼少の頃食べていた大根めし。おしんは、山形県の貧しい小作農の子として生まれ、大根めししか食べることができなかった。 おしんの第35話でおしんは大根めしについて次のように語っている。 「これしか食うものがねえんだ。腹減ったら大根めしでもうまがった。んでも、大根めしもろくに食えねえ。一遍でいいから大根めし腹いっぱい食いてえと思ってたんだ」 」  大根めしを作るために用意したのが、「ひえ」、「あわ」、「大根」の3つ。 ひえ0.3号、あわ0.3号、白米0.3号に大根を加えて、炊飯器で炊くだけ。 Amazonで購入した「ひえ」と「あわ」 スーパーで購入した大根 ひえ、あわ、白米を同量入れて、角切りにした大根を入れる 炊き上がりはこんな感じ 大根めし、味噌汁、しそこんぶ。質素な食事の完成 ...

お好み焼き おしり

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これは私が大阪で就職活動をしていた頃の話である。 梅田駅近くの雑踏の中を歩いていると、一つの看板が目に飛び込んできた。 『お好み焼き おしり』 それは「おしり」という名前のお好み焼き屋さんの看板だった。 店名の横に説明文も書かれている。 「Tバックギャルがお好み焼きをおもちします」 お好み焼きを食べるだけでなく、おしりも楽しめるという趣旨のお店らしい。 お好み焼きとおしりってどういう組み合わせなんだ? お好み焼きに集中すればいいのか、おしりに集中すればいいのか、 よくわからない状況をイメージして、爆笑したのを覚えている。 商魂たくましい大阪人の発想のようだったけど、この店は流行らなかったみたい。 今、ググっても出てこない。 これよく考えると、お好み焼きである必然性がなくて、「ラーメン おしり」でも「焼肉 おしり」でもいいんだよね。 お好み焼き                     + おしり

車で猫を轢かないコツ

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運転していると時々、車に轢かれた猫の死骸を目にする。 私は、今まで通算で40万キロ以上、車を運転してきて一度たりとも猫を轢いた事がない。 いきなり飛び出してきた猫をよけるのは不可能である。したがってただ単に運が良かっただけかもしれない。 ただ、何度か危うく猫を轢きそうになったことがあり、そのたびに考え、自分なりに猫を轢かないよう注意をしてきた。 猫を轢きたくないと考えている人は、ぜひ次のことを実践していただきたい。 1.   猫を絶対に轢きたくない、そう固く決意する どんなにノウハウを学んでも、そう決意しない限り物事は進んでいかない。 まずは決意すること。「猫を絶対に轢かない」そう決意しよう。 2. 猫が飛び出してくる時間帯がある 猫の習性を知ることである。猫はなぜ道路を横切るのか?それは彼らは移動しているのである。道路の両脇に家が建っているような場合、彼らは家から家へ移動していると考えるべきである。移動は、深夜から早朝にかけて行われる。 3.  車列の先頭にならない 猫がなぜ轢かれるのかというと、目測を誤るからである。猫の行動を観察していると、ゆっくりと走っている車が近づいてくるとよける。猫も車は危ないものだと認識しているようだ。轢かれるのは、車が近づいている時に、「渡れる」と猫が目測を誤った時だ。目測を誤った時でも車列の先頭を走っていなければ、自分が猫を轢くことはない。 4. 猫の数が多い地域を把握する 運転していると猫がよく轢かれる場所、猫が多い場所があることに気づく。漁村や港周辺が多い。猫は人里離れたところにはあまりいない。家を寝ぐらにしているからである。 このような猫が多い地域ではスピードを落としてゆっくりと運転するようにしている。 また、他に道があるのであれば遠回りになっても、迂回するのも一つの手だ。 猫を轢きたい思っている人はいないはずだ。 ならば猫を轢かないように注意をしよう。

履歴書の写真

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涙が出るほど笑った経験が人にはいくつかあるものである。 軽く笑うようなことは誰でも毎日、何度かはあるだろう。 私が言っているのはそういうものではなく、本当に腹が痛くなって、止めてくれと本気で思うレベルである。 今、その話を書こうとしているが、もしかしたら「その人」を本当に知っている人しか笑えないかもしれないと危惧している。 イメージとしてその顔が思い浮かぶからこそ、面白いというのがあるからだ。 そう、あれは5年前の飲み会だった。 その日は職場を退職した者同士が集まり、昔をしのび、近況を報告し合うという同窓会のようなものだった。 その席上で話題がA君の話になった。 A君といえば真面目に仕事をこなし、誠実な人柄から誰もが一目置く存在だった。 元人事部所属のBさんが、その飲み会に参加していたのだが、A君の話を始めた。 Bさん:A君の履歴書のことだけどさ、今だから言うけど、変だったのよ 私:変って何が? Bさん:サングラスをかけた写真が貼ってあったのよ それを聞いた瞬間、私はA君のサングラス姿の写真をイメージした。 履歴書にサングラスをかけた写真を貼り付けて応募する、これは普通の常識では考えられない。やる気があるのかどうかもわからない。気になる存在ではある。 採用担当者は、多数の応募者の履歴書に目を通す。採用担当者にインパクトを与えることはできるだろう。しかし、それは同時に社会常識のない者とみなされるマイナスのインパクトではないのか? まあともかく、A君は採用された。 どのような経緯で採用に至ったのか、その詳細はわからない。 採用担当者は、履歴書に貼ってある写真だけで判断しなかったことは確かだ。 世の中には本当に変った人がいる。

真っ赤なジャケット

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これは私が大学生の頃の話である。 涙が出るほど笑った経験、その記憶の糸をたどってゆくと、どうしても紹介したくなる話がある。 それは坂本君の話だ。 彼は毎日、真っ赤なジャケットを着て登校してきた。 何を着ようと本人の自由で、他人がとやかく言うべきことではない。 彼はそのファッションから多くの誤解を生んでいたのは間違いない。 そんな奇抜な格好をする人間というものは自己顕示欲が強い、目立ちたがり屋、ファッションにこだわりがある、そんな人物像を想像される方も多いと思う。 だが、彼は学業優秀で、性格はひかえめでおとなしい、誠実で温厚なタイプ。ジャケット以外のグッズにこだわりを持っているようには見えない。容姿もイケメンとまではいかないまでもごく普通の青年だ。 なぜそんな格好をするのか?どうしてもわからなかったのである。ファッションだけがズレていたのだ。 坂本君のファッションについては仲間内でも議論された。 「やつは、芸能人気取りか」 「あんなジャケットは普通の店では売っていない。どこで買ったのか?」 「ファッションというものは親から子へ伝染する。そもそも親のファッションがそうだったのではないか?」 「彼は色盲で、赤という色が見えないのではないか」 などなど。 だが、結局どうしてもわからない謎となってしまったのだ。 人はどんなときに面白いと思うのか? それは、他人の行動がどうしても理解できない時に起こる。 これからも自分の理解を超えたものに出会ってゆきたいと思う。 世の中は不思議なことで満ちあふれている。

尻にしかれているラーメン屋の話

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私が今まで通ったラーメン屋で一番面白かったラーメン屋は、国際結婚しているラーメン屋である。 そのお店は千葉県木更津市にある。 30代の日本人男性と、フィリピン人なのかマレーシア人なのかわからないが東南アジア系の女性の2人で切り盛りしている。 この2人が結婚しているのかどうかは定かではない。 だが、何度もこの店に通った、私の結論は「結婚している」である。 最初に行ったきっかけは単行本のラーメンガイドだった。 ガイド本にはどんなラーメンが出てくるのか、ラーメンの内容は書いてあっても、 どんな人たちがラーメンを供するのかまでは、通常は書かれていない。 したがって面白いラーメン屋かどうかは行ってみるまではわからない。 そこにラーメン屋めぐりの醍醐味がある。 残念ながら、この店のラーメンの味について特筆すべきものはない。 記憶に残っているのは、この店の主人が奥さんの尻にしかれているという一点に置いて他の店にはない、独特の雰囲気を醸し出していたからだ。 面白い!!私は館山方面で釣りをした帰りに何度もこの店に通った。 その馴れ初めから、尻にしかれるまでの過程に思いを馳せながら麺をすする、 この店に通う理由はそこにあった。 残念ながらこの店は閉店してしまった。 あれから家族経営のラーメン屋に行くたびに、主人が奥さんの尻にしかれていないかをチェックするようになったが、そういうラーメン店には出会えていない。

フランス人はおっぱいについてどのように考えているのか?

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これは私が大学生の頃、バックパッカーとしてオーストラリアを旅行中に起きた出来事である。 当時、オーストラリアの安宿に連泊しながら旅をしていた。 ドミトリー形式の相部屋には2段ベッドが備えられ、そこには世界中から旅人が集まっていた。 交わされる会話は全て英語である。 日本人が日本語以外で他国の人間と会話をするとき、ほとんどが英語なのではないだろうか? 20数年以上経った今も、フランス人の若者との会話を今でも鮮明に覚えている。 私:フランス人女性の平均的なおっぱいの大きさは、日本人女性のおっぱいよりも大きい。うらやましい。 I envy you. French girls average tits is greater than Japanese. と、こんな感じで私は切り出した。すると彼は予想もしない答えを返してきたのだ。 フランス人:確かにそうだ。フランス人女性のおっぱいは大きい。                         だが、大きいおっぱいは歳と取るとたれる。 Sure. You are right. But big tits drop down when they get old. しばらくの沈黙の後、爆笑。 私は、フランス人の若者が年を取るにつれて垂れてくるおっぱいについて悲観的な思いを抱いていることに共感を覚えた。 おっぱいの美醜についての感覚は、フランス人も日本人も同じなんだと、わかりあえた気がしたのだ。

ブラック企業がなぜ生まれるのか

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最近、ブラック企業についての報道が多くなってきた。 なぜブラック企業が生まれるのか、私自身の考えは「ひじょうに競争が激しい業界」だからだ。 飲食業や宅配業、IT業界、メディア業界はブラックの温床になりやすい。 商品自体に大きな差がなく、競合他者の多い業界は、コスト競争に陥りやすい。 商品の魅力で勝負できないので、他社との差別化の要因は、従業員をどれだけ安い賃金で長時間働かせるかがポイントになりやすい。 そして、こういった競争の激しい業界でマーケットシェアを維持している会社は、 仕組みとしてブラックな労働を強いる仕組みを社内に確立している。 入社してしまうといつの間にか、その仕組みにハマってしまい、「これっておかしくない?」と最初は思うもののしだいに正常な判断ができなくなり、その社風に馴染んでしまう。 特に他の会社がどういうものかを知らない20代の社員なんかは「会社とはそういうもんだ」などと思ってしまいがちだ。 最近、私が経験した例では明らかに尋常ではない働き方をしている部長さんがいた。 夜も昼もなく働き、土日も仕事に忙殺されていた。 彼は部長さんで部下も大勢いる。 部下の方は「部長があれだけ頑張っているんだから、自分だけ頑張らないわけにはいかない」というメンタリティになりやすい。 これはまさに悲劇であり、そもそもなぜこんなことが起こるのかと考えざるを得なかった。 部長とその部下たちが一生懸命働くことによって、会社は存続できているとはいえ、 そうすることによってしか存続できない会社ってなんだろう。 結局、この会社の最大の問題は競合を圧倒的に上回る付加価値を生み出せていないことにある。会社が提供するサービスがコモディティ化しているのだ。 ブラック企業のニュースを見ていると、伝え方が表層的であると感じる。 経営者がひどい人、だからブラック企業なんだと。 しかし、もしブラックでなかったら、あっという間に倒産する業界や会社がある。 ブラックを前提に成り立つ会社とでも言おうか。 私の結論は、そういう会社が世の中にはあるということを前提に、最初から関わりを持たないというものだ。 解決しようにも、どうしようもないものだからだ。 社長に対して「おかしいから、体質を改めよう」と言ってみても、無駄だろう。 あるい...